大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)11109号・昭54年(ワ)616号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

被告(建物賃貸人)は、原告(建物賃借人)が被告の請求どおりの賃料増額請求に応じないことに立腹し、昭和五一年二月以降、賃貸建物に隣接する自己所有の建物の道路に面したガラス戸に次々に(1)ないし(6)のような内容の6枚の貼り紙をした。

(1)「洋品店のエスヤさん

昭和四八、四九、五〇年の借家契約において、内容証明をもつて通知した四九年の八万円及び五〇年の十万円の支払いに当たり当方の納得せる理由もなしに君自身の都合で毎月の家賃の一部を二年間にわたりつけにされたからその未払合計五拾壱万五千円の支払いを要求する。

五一年三月

家主

田中精一 殿 」

(2)「洋品店エスヤさん

君はクリスマスの朝店へ来るなりはり紙を破り捨て暴力を振つたことは卑怯なことで許せないから詫状を要求する。

昭和五一年一二月三一日

家主」

(3)洋品店のエスヤさん

内容証明で通知した昭和五一年の家賃金拾参万円に対し君は金七万円にしろと無茶なことを言つて供託したことは制度を悪用したもので常識的に言つて無効であるから家賃の不足分金七拾弐万円の支払いを要求する

昭和五二年三月二日

家主

田中精一 殿 」

(4)「洋品店のエスヤさん

要求した詫状は出さないしあまりにもエチケットがないので言うが、昭和五一年一二月二五日の朝君が暴力を振つた。その時に「仲間の怖さを知らないだろう、外に出たら気を付けろ。」と言つたが、なぜこんなことを言う必要があるか君の釈明を求む

家主

田中精一 殿 52.7.5」

(5)「またまたいやがらせ

九月二六日午後一一時硝子戸をどかんといやがらせをした三人の奴がいた。

九月二七日

家主」

(6)「いやがらせか

昭和四九年四月二三日は午前二時三〇分硝子戸を「どかん」とやつた奴がいた。五月二日午前四時十分、硝子戸下一枚をこわして逃げた二、三人の奴がいた。

七月一五日午後一一時五〇分に、郵便箱をドカンとやつて逃げた二、三人の奴がいた。

五二年九月二九日

家主

卑怯者」(請求の原因3項―当事者間に争いがない)

【判旨】

二請求原因3及びこれに対する抗弁について判断する。

請求原因3の(1)及び(3)の各貼り紙の記載内容は、請求原因2に掲記の賃料額に関する紛争が原被告間に存在したことに照らせば、その措辞に不相当なものがあることは言うまでもないけれども、いまだ不法行為を構成するだけの違法性があるとは考えられない。

次に、請求原因3の(2)の貼り紙の記載内容に合致する事実の存否について考える。原被告各本人の供述を総合すれば、貼り紙をしたことについて原被告の間でもみ合いがあつたのではないかとの疑問がもたれるけれども、貼り紙を破つたこと以上に、原告が例えば一方的に被告を殴打するなどの暴力行為に出たことを認めるに足りる証拠はない。しかし、右(2)の貼り紙の内容は、あたかも、そのような暴力行為を原告がしたかのような印象を人に与えるものであつて、相当でない。

請求原因(4)の貼り紙の記載内容のうち、暴力を振つたという点については、右に判示したとおりである。右記載内容のうち、原告の発言については、そのような発言があつたとする<証拠>及び被告本人の供述は、反対趣旨の原告本人の供述に照らし、直ちに採用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

請求原因3の(5)及び(6)の各貼り紙の記載内容は、その記載内容自体からすれば、右各貼り紙記載の行為をした者が原告又は原告の意を受けた者であると指摘しているとは言うことができないけれども、同時に隣接して同一の場所に請求原因3の(1)から(4)の貼り紙が貼付されていることからすれば、これらの貼り紙を見た者が、右(5)及び(6)の各貼り紙記載の行為をした者は原告又は原告の意を受けた者であろうと考えるであろうことは、推認するに難くないところである。そして、右行為者が原告又は原告の意を受けた者であることを認めるに足りる証拠はない。

三以上判示のとおり、請求原因3の(2)及び(4)ないし(6)の各貼り紙の記載内容は、原告の名誉を違法に侵害し、その意味で原告に精神的苦痛を与える性質のものと言わなければならない。

<証拠>によれば、請求原因4の事実のうち、貼り紙が通行人によく目立つ場所にされていたので、通行人が立ち止まつて読んでは原告方をのぞいて行くことがあつたこと、原告の妻が一時ややノイローゼ気味になつたこと、原告夫婦の娘も家に居たがらないような気分になつたことのあることが認められるが、その余を認めるに足りる証拠はない(原告本人の供述も、その供述する営業成績の低下と前記貼り紙との間に因果関係を認めさせたものとしては不十分である)。

以上の状況を総合して考えれば、原告の右精神的苦痛を慰謝するための金員としては、一〇万円が相当である。

(伊藤滋夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!